
今朝の瞑想を皆さんと分かち合いたいと思います。人間についての瞑想です。
人間であるとは、どういうことでしょうか?
「ヒューマン(human)」という言葉は「フムス(humus)」に由来します。フムスとは何でしょうか?それは大地、土壌です。庭に行けば、野菜や花を育てる土があります。この土は野菜や花を育てるだけでなく、エロヒムが私たちを創造するのにも役立ちました。だからこそ、私たちはヒューマンと呼ばれるのです。つまり、人間という言葉の語源は大地にあり、そこから「謙虚さ(humility)」という言葉も生まれています。土からつくられている存在でありながら、謙虚にならずにいられるでしょうか?
私たちが鼻を高くしようとするたびに、思い出してください。あなたは大地から作られた存在だということを…。そして昔イエスが言ったように、あなたは大地から来て、大地へと還っていきます。それが死と呼ばれるものです。
私たちを形作るすべて……美しい顔、美しい胸、美しいペニス……それらはすべて大地から来ており、やがて大地へと戻っていきます。それまでの間、私たちには何ができるでしょうか?自分がとても重要な存在であるという幻想を抱くのでしょうか?大統領も王も皇帝も、すべて大地から来て大地へと還ります。歴史書に名を残す重要な人物……孔子、老子、ブッダ、イエス、ナポレオン、チンギス・ハーン……もすべて大地の中にいます。大地から生まれ、大地へと戻っていくのです。そしてそれは、皆さん一人ひとりにも訪れるものです。やがて訪れるのです。
毎日目を覚まし、まだ生きているということ、それは奇跡です。私は毎朝、「わあ、まだ生きている」と感じます。79歳と半年です。今年で80歳になりますが、それでも生きています。なぜでしょうか?愛を与えるためです。愛を与えれば与えるほど、あなたはさらに生きています。 なぜでしょうか?愛を贈るためです。愛を贈れば贈るほど、生き生きとしてくるのです。
死の瞬間は訪れます。その時は近づいています。皆さんの中の最も若い人にも起こり得ますが、それがいつなのか私たちには決して分かりません。1時間後かもしれません。私たちには分かりません。「あと1時間であなたは死ぬ」と告げる標識など、どこにもありません。今夜でしょうか? それとも1分後でしょうか? あなたには分かりません。しかし、それは必ず訪れます。必ずやって来ることは、私が保証します。
しかし私たちは幸福のうちに、恐れを抱かずに死ぬことができます。死は何でもありません。 何でもないのです。
私は三度、死を経験しました。それはただ、眠りに落ちていくようなものです。一度は脳卒中に見舞われ、「さようなら、そしてこんにちはお父さん、今そちらへ向かいます」と感じました。恐れもパニックも、一切ありません。私は向かっています。私たちは皆、そこへ向かっています。口にしてみてください。 感じてください。見つめてください。「私は向かっている」と言葉にしてみてください。そうすれば、謙虚さそのものが自然と戻ってきます。
何十億ドルものお金や、何千もの家、何千台もの車など、あらゆるものを蓄積できますが……でも「私は向かっている」のです。どんな車も、どんな家も、どんなお金も持っていくことはできません。あなたは裸で生まれます。そして裸で死ぬのです。何も持たずにです……。おむつすら持たずに。 そのことを感じてください。その時は訪れます。確かに私たちは、美しい服で着飾ることはできます。しかし死ぬとき……私たちの誰もが死にますが……次は誰でしょうか?私たちには分かりません。
私はスーパーマーケットに行って食べ物を買うのが好きです。それには、「〜までに消費」という具合に賞味期限が書かれています。でも私たちには、そうしたものがありません。もしあれば面白いでしょうね。「ああ、あなたは来週死にます!」それは興味深いでしょう。しかし私たちには分かりません。でもそれこそが人生で最も刺激的なことなのです。
最後の呼吸の瞬間が訪れたとき、誰もがこう問いかけます。「私は生きていたのか?私は自分の人生で何をしたのか? 私が集めた車や家は持っていけない。では私は、人生で何をしたのか?私の富とは何なのか?」と……。
愛です。
重要なのは、何を蓄えたかではなく、何を与えたかです。「私は何千人もの人々を幸せにした。何千人もの人々に愛を与えた」と言って死ぬことです。微笑みながら死ぬのです。家や車を思ってではなく、自分が贈った愛ゆえにです。それがあなたの資産です。それが死に対する癒しとなるのです
私は皆さん全員を、愛の億万長者にしたいと思っています。。そして皆さんはそれを実行しています。皆さんは常に愛を与えています。ラエリアンは、他者に最も多くの愛を注ぐ存在ですし、そうあるべきです。あなたが身につけているこのメダルはとても美しいですが、価値はまったくありません。しかしあなたが与えた愛には、どんな金額もつけることはできません。それは無限の価値を持っています。 感じてください。それを感じるのです。あなたは愛の源泉なのです。
愛とは何でしょうか?
誰かのそばに寄り添うこと。触れること。目を見つめること。そして、すべての人に対して、自身に対して、こうしたメッセージを贈ることです。「私は貴方のためにここにいます。私を感じてください。私は貴方のためにここにいます。そして貴方は、私のためにここにいてくれています。あなたの愛を感じますよ。」
中国から、韓国から、世界中から、旅して来るのはなぜでしょうか?メッセージを読んだからでしょうか?そうとは言えません。“愛”のためです。あなたはメッセージを読んだとき、自身の内側で突然、愛の滝が流れ出るのを感じました。この上なく強力な愛をです。それを感じたのは、それがエロヒムへの愛であり、同時にエロヒムからの愛でもあるからです。愛によって涙するとき、その涙はエロヒムにとってダイヤモンドとなります。ですからもうこれ以上、私には言うことはありません。ただ“愛”でいてください。
愛を感じることは良いことです。愛を贈ることも良いことです。しかしそれよりも素晴らしいのは、愛そのものになることです。
私が愛してやまない、美しい言葉があります。ある人がこう言いました……「あなたという存在があまりにも雄弁であるが故に、その発する言葉はかき消されてしまう」人々があなたから溢れるほどの愛を感じ取り、あなたの言葉を聞く必要すらないようにしてください。おしゃべりは愛ではありません。「愛している」と20回言うことはできます。しかし大切なのは、愛そのものになることです。そうすれば、誰かの目を見つめたとき、その人はそれを感じます。まるでナイアガラの滝のように溢れる愛を感じます。そして時には、ナイアガラの滝のように、私たちは共に涙するのです。
そう、私たちには『ハピネス・アカデミー』がありますが、もしかすると『ティアーズ・アカデミー』のほうがより力強いかもしれません。ですから私は、皆さん全員が愛によって涙することを願っています。メッセージにある美しい祈りとともに、エロヒムへの愛によって泣いてください。この祈りを何度も繰り返してほしいです。
覚えていますか?「エロヒム、あなたがたはそこにいらっしゃいます。僭越ながら、あなたがたとの交信に値することを望んでいる私がおります。」覚えていますか?もし覚えていなければ、本を手に取り、もう一度読んでください。言葉が重要なのではありません。大切なのは、あなたの愛があまりにも強いため、エロヒムのことを思うと涙がこぼれてしまうということです。そしてさらに大切なのは、あなたの愛によって彼らが涙を流すことです。あなたにはヤーウェを泣かせる責任があるのです。
あなたの愛を感じてもらい、ヤーウェを涙させてください。
エロヒムよ、ありがとうございます。



